銀河鉄道の夜・ケンタウル祭の夜 ジョバンニは、せはしくいろいろの ことを考へながら、さまざまの灯や木 の枝で、すっかりきれいに飾られた街 を通って行きました。時計屋の店には 明るくネオン燈がついて、一秒ごとに 石でこさえたふくらふの赤い眼が、くる っくるっとうごいたり、いろいろな宝石 が海のやうな色をした厚い硝子の盤に 載って星のやうにゆっくり循ったり、また 向ふ側から、銅の人馬がゆっくりこっち へまはって来たりするのでした。そのま ん中に円い黒い星座早見が青いアスパ ラガスの葉で飾ってありました。 ジョバンニはわれを忘れて、その星座 の図に見入りました。 宮沢賢治 |
銀河鉄道の夜・銀河ステーション すると、どこかで、ふしぎな声が、 銀河ステーション、銀河ステーショ ンと云う声がしたと思ふといきなり眼 の前が、ぱっと明るくなって、まるで 億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石 させて、そら中に沈めたといふ工合、 たダイアモンド会社で、ねだんがやす くならないために、わざと穫れないふ りをして、かくして置いた金剛石を、 誰かがいきなりひっくりかえして、ば ら撒いたといふ風に、眼の前がさあっ と明るくなって、ジョバンニは、思わず 何べんも眼を擦ってしまひました。 気がついてみると、さっきから、ごと ごとごとごと、ジョバンニの乗っている 小さな列車が走りつづけていたのでした。 宮沢賢治 |
銀河鉄道の夜・銀河ステーション すぐ前の席に、ぬれたやうにまっ黒 な上着を着た、せいの高い子供が、 窓から頭を出して外を見ているのに 気が付きました。そしてそのこどもの 肩のあたりが、どうも見たことのある やうな気がして、さう思ふと、もうどう しても誰だかわかりたくて、たまらな くなりました。いきなりこっちも窓から 顔を出さうとしたとき、俄にその子供 が顔を引っ込めて、こっちを見ました。 それはカムパネルラだったのです。 ジョバンニが、カムパネルラ、きみ は前からここに居たのと云おうと思っ たとき、カムパネルラが「みんなはず いぶん走ったけれども遅れてしまったよ。 ザネリもね、ずいぶん走ったけれども 追ひつかなかった。」と云いました。 宮沢賢治 |
銀河鉄道の夜・鳥を捕る人 二人もそっちを見ましたら、 たったいまの鳥捕りが、黄 いろと青じろの、うつくしい 燐光を出す、いちめんのかは らははこぐさの上に立って、 まじめな顔をして両手をひ ろげて、じっとそらを見ていた のです。 「あすこへ行ってる。ずいぶん 奇体だねぇ。きっとまた鳥を つかまへるとこだねぇ。汽車が 走って行かないうちに、早 く鳥がおりるといいな。」と云っ た途端、がらんとした桔梗いろ の空から、さっき見たような鷺が、 まるで雪の降るように、ぎゃあぎゃあ 叫びながら、いっぱいに舞いおりて 来ました。するとあの鳥捕りは、 すっかり注文通りだというやうに、 ほくほくして、両足をかっきり六十 度に開いて立って、鷺のちぢめて 降りて来る黒い脚を両手で片っ端 から押へて、布の袋の中に入れる のでした。 宮沢賢治 |